> ゲームボーイの歴史

ゲームボーイカラー誕生秘話



●10ヶ月で作ることになったゲームボーイカラー


1996年に発売されたポケットモンスターが大ヒットして、活気づいた携帯ゲーム機市場に参入するため、SNKやバンダイが新型ゲーム機の開発をはじめました。この話をききつけて、任天堂が急遽発売することにしたのが「ゲームボーイカラー」です。

ゲームボーイカラーというアイディア自体は、じつは1992年の時点ですでに出ていました。実際に試作品まで造られていたのですが、コスト的なものが見合わず製品化は見送られていたのです。1997年の10月にシャープから「反射型カラー液晶が安くなった」という話があり、バックライトを使わないカラー液晶が可能になったことから、ゲームボーイのカラー化が実現することになりました。

ゲームボーイカラーの開発期間はおよそ10ヶ月。この短い期間でハードを制作するにあたっては、1992年に作られた試作品が役に立ったといいます。

ゲームボーイカラーのデザインは従来以上に海外のマーケットを意識したものとなっています。新しいCOLORのロゴはアメリカのデザイナーの設計したもので、本体色についても世界中のユーザーに好まれる色を検討した結果、パープルとクリアパープルが選ばれたそうです。日本のゲームボーイカラーは最初から多色展開していましたが、海外ではパープルひとつに絞られました。この後に発売されるゲームボーイアドバンスやゲームキューブでも、同じ紫の系統としてバイオレットが採用されています。

また、ゲームボーイカラーには初めてストラップの穴がつけられました。初代ゲームボーイを開発していた頃から、横井軍平氏は「ストラップ用の穴をあけよう」とずっといっていたのですが、当時はストラップがまだ一般的ではなかったため、その実現は見送られていました。ゲームボーイカラーが発売された時期は、携帯電話の普及によってストラップが十分メジャーになっていたので、ようやくストラップの穴があけられることになったのです。

この穴には、1997年に亡くなられた横井軍平氏を追悼する意味もこめられていたそうです。

 


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